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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)1859号 判決 1970年1月29日

原告 杉浦英一郎

右訴訟代理人弁護士 佐野潔

同 荒井秀夫

被告 吉田藤一郎

右訴訟代理人弁護士 辻畑泰輔

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金五〇万円を支払え。被告は本判決確定直後東京都において発行する朝日新聞紙上に別紙第一目録記載の謝罪広告を五号活字で一回掲載せよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに第一項につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)  原告は訴外藤塚建物株式会社(旧商号共和ゴム株式会社)の代表取締役として会社経営に当っているものであり、被告は昭和二七年頃、原告と共に右会社の取締役をしていたものである。

(二)  ところで、昭和二七年頃、右会社に内紛があり、原告と被告は共に申請人となり、同会社等を相手にして仮処分をしたことがあるが、被告は右仮処分並びに原告の右会社の経営について、原告大橋光雄、被告日本弁護士連合会間の東京高等裁判所昭三六年(行ナ)第一八〇号事件についての証人として、昭和四〇年六月二八日の口頭弁論期日において、別紙第二目録記載のとおり、前記仮処分につき被告が原告に預けた金二〇万円のうち金五万円を原告が横領した旨証言し、又昭和四〇年一〇月一一日の口頭弁論期日において別紙第三目録記載のとおり原告が右会社の財産をほしいままに処分したかの如き証言をした。

(三)  ところで、右証言に関する事実関係は次のとおりであり右証言は事実に反し、被告の重大なる過失にもとずいてなされたものである。

(1)  仮処分について

(イ) 昭和二七年頃原、被告が共に申請人となって、訴外大橋光雄、同粟田吉雄の両弁護士を代理人とし、共和ゴム株式会社外六名を被申請人とする仮処分を東京高等裁判所に申請したところ、同裁判所から金二〇万円の保証金を供託することを命ぜられ、原、被告らに金二〇万円の供託を命ぜられた旨の話があり、原告は被告から金二〇万円の交付を受け同人の使者として訴外大橋光雄の機関である訴外粟田吉雄に交付したのである。

(ロ) その後、被告は上記仮処分事件終了後、直接訴外大橋光雄に右保証金の返還を請求したところ、訴外大橋光雄は自分は金一五万円しか原告から受け取っていないと告げ、金一五万円の保証金中金七万円を返還し、残金は金八万円だと答えた。

(ハ) 被告は右事実関係に基づき、原告に横領の事実があるかどうかについて原告にただすことをせず、直ちに右の金員について横領した旨証言したことは被告の重大な過失によるものである。

(2)  会社財産をほしいままに処分したとの事実について、

原告は、訴外藤塚建物株式会社の財産をほしいままに処分した事実はない。従って、かかる証言は他人の名誉を害する内容であるから十分調査した上事実誤りのないことを確認してなすべき注意義務があるのにこれを怠った重大な過失によるものである。

(四)  以上のとおり、原告は被告の重大なる過失に基づく証言によりその名誉及び信用を毀損せられ、精神的苦痛を蒙った。

(五)  よって原告は被告に対し精神的苦痛に対する損害賠償として金五〇万円の支払を、並びに名誉回復のため別紙第一目録記載の如き謝罪文を朝日新聞紙上に五号活字で一回掲載することを求める。

と述べ(た。)≪証拠省略≫

二、被告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求め、答弁として、

(一)  原告主張の請求原因、第(一)及び第(二)項の事実を認める。

(二)(1)  同第(三)項冒頭の事実を否認する。

(2)  同(1)(イ)の事実は、原告が被告の使者として行動していた事実は否認、訴外大橋光雄の機関である訴外粟田吉雄に交付したことは不知、その余の事実は認める。

(3)  同(1)(ロ)の事実は被告が上記仮処分事件終了後、直接大橋光雄に右保証金の返還を請求し、金七万円の返還を受けたことは認めるがその余の事実は否認する。

(4)  同(1)(ハ)の事実並びに(2)の事実を否認する。

(三)  同第(四)項の事実を否認する。

(四)  本件の事実関係は次のとおりであり、被告は国民の義務として法律の命ずるままに証人台に立ち、宣誓して真実を述べたものであって、何等の過失はなく、又、正当な行為であるから不法行為を構成するものではない。すなわち、

(1)  仮処分について

(イ) 昭和二七年当時共和ゴム株式会社の内部に訴訟が起っており原告及び被告は共和ゴム株式会社その他取締役等に対し取締役職務執行停止並びに株主権行使禁止等の仮処分を申請することになり、原告が金一五万円出すから被告から二〇万円出すようにとの要請があり、金二〇万円を原告に交付したのである。当時被告は右共和ゴム株式会社の訴訟の遂行については原告に一任した形をとっていたので、右二〇万円の使途の細目については深く追求していなかったが、昭和二七年一〇月頃次の二つの仮処分決定がなされた。

(A) 昭和二七年(ウ)第三〇〇号取締役職務執行停止の仮処分 保証金二〇万円

(B) 昭和二七年(ウ)第三〇一号株主権行使禁止等仮処分 保証金一五万円

(ロ) その後原告は被告を裏切り、訴外大橋光雄にたのんで仮処分を取下げてしまった。そこで被告は別に石川弁護士を依頼して調査してもらったところ、昭和二十七年(ウ)第三〇一号事件の分の保証金が金一五万円残っていると言うことであったのでその返還を大橋光雄に直接交渉したところ、そのうち金七万円の返還を受けたのである。

(ハ) 右のとおり、被告が原告に渡したのは金二〇万円であるところ、金二〇万円の保証金はすでに取戻されており金一五万円のものが被告のために残されていたのであり一方原告からは被告に対し金二〇万円の使途並びにその後の措置についての報告もなかったので、被告は被告の証言のとおり信じたのであり、通常人として当然である。

(2)  会社の財産をほしいままに処分したとの事実について原告は昭和三七年頃、訴外藤塚建物株式会社の運営につき株主総会を開催せず、決算もなさず、株券の書換にも応せず、その他会社の一切の会社法上の手続を停止し、会社資産収入を個人財産とみなしてこれを独断勝手に処分し支出している事実があり、被告は桐生弁護士に依頼して特別背任罪として告訴しようとしたが、取止めた事実があり、右証言はその事実に関するもので事実をありのままに述べたに過ぎない。

(五)  以上のとおり被告のなした証言は正当な行為であって、原告の主張は失当である。

と述べ(た。)≪証拠省略≫

理由

一、被告が、原告主張の日時、場所において別紙第二及び第三目録記載の如き証言をしたことは当事者間に争いがない。

二、右につき、原告は事前に十分調査もせずに事実に反し、横領、特別背任などの証言をなし、名誉及び信用を毀損し、精神的苦痛を与えたとしてその損害賠償等を請求している。そして、その論拠とするところは一般の不法行為理論によっているものの如くである。

そこで先ず証言の特異性について検討する。

およそ証言は、証人が法令に基き、法令上の義務として真実を陳述しなければならないものであるから、その制度上、正当になされた証言である限りにおいては、例えそれが他人の名誉を傷つけ、信用を毀損したとしても、法令に基く正当な行為として違法性を阻却し、不法行為とはならないものと解される。仮にそうでないとすれば司法作用は極度に制限を受け正義の実現に困難を招くこと必至である。

そして正当な証言とは、証人は主観的な記憶を標準とし、証言の対象たる事実ないし状態について自ら認識したところを誠実に供述すれば足りるのであって、これが客観的事実に合致するかどうかとは別個のものであるし、また証人はその性質上知らない事を改めて第三者に聞き合わせて調査するなど、知らなかった事実を発見しようとつとめるまでの義務もないものと解される。なお、右のことは、証言としては何を言っても良いとか、証言に名をかりて故意に他人の名誉ないし信用を傷つけることが許容されると言う意味でないこと勿論である。

以上の説示のとおり、証言が不法行為を構成する場合があることは勿論であるが、少くとも原告の主張する証人は証言をする前に当事者に問い合わせるなど事実の調査義務がありこれを怠ったことは証人として重大なる過失であるとする点については一般的には言い難いし、又原告主張の事実のみでは特に本件についてこのような義務を認めるに十分とは言い難く、その他右事実につき主張立証もないので、これを前提とする不法行為の主張は採用できない。

従って、原告の右主張は、爾余の判断をするまでもなく、理由がないと言わなければならない。

三、もっとも証人としては記憶が薄らいでいる場合には、日記メモ、手紙などを見直してなるべく正確に陳述するのは当然の義務であり、原告の主張が、右義務違反による不法行為の主張まで含まれていると解する余地もないではないが、仮に右のような主張が含まれているとしても、本件に顕れた証拠によっては右事実を認めるに足る証拠がない。

四、よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅純一)

<以下省略>

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